いじめゼロを目指して

劣等感と優越感の狭間で

いじめの加害者になる子供に共通する特徴として、
強い「劣等感」が挙げられるそうです。

 

なぜ、この劣等感がいじめにつながるのかというと、それは、
「どんな形でも良いから、とにかく優越感を持ちたい」
という欲求が生まれるからです。

 

例えば、「成績が悪い」「何をやってもうまくできない」「行儀が悪い」
…こういった理由で常に親や教師に叱られてばかりいる子供は、
「自分はダメな人間だ」
という劣等感に押しつぶされそうになっている一方で、
「それなら、悪さをしてでも目立ちたい」
「どれだけ悪いかを見せつけてやりたい」
…という歪んだ欲求を持つようになります。

 

その結果、自分よりも明らかに弱そうな子供をいじめたり、
勉強がデキる気弱そうな子供をいじめたりすることによって、
「自分のほうが強い」「自分のほうが勝っている」と錯覚してしまうのです。

 

いじめの被害者側は、
精神的に追い詰められてパフォーマンスも落ちていきますから、
徐々に本来の能力を発揮できなくなってきますよね?

 

すると、それがまた、加害者の優越感をくすぐる。
…この悪循環が、いじめをエスカレートさせる一因なのです。

「優越感に浸りたい!」は人間の本能?

強い劣等感を感じている子供のみならず、
「優越感に浸りたい」という欲求は多かれ少なかれ誰にでもあるものです。
他人より優位に立ちたい、人を見下したい。
…コレ、ある意味では人間の本能ですから、仕方がないことなのかもしれません。

 

そもそも、人間だって動物の一種。
強い者=優位な者のみが生き残れるという自然界では、
こうした本能がなければ生きてはいけません。
ですから、本能がないのも困りものなのです。

 

しかし、人間には理性というものがあります。
本来は、自分を磨くことで優位に立とうと努力する生き物。
この努力ができず、
人を貶めることで自分の優位を確認したいという願望を満たすのは、
言い方は悪いですが「理性が欠如している」と言わざるを得ません。

 

いじめ事件が増えているということは、学校や家庭の教育の中で
まともな理性を身につける機会が減っているということの表れではないでしょうか。

 

自分の劣等感を打ち消すために、人をいじめる。
こうした卑劣な行動をする人が増えているということは、
人間の資質にも係わる大きな問題です。

劣等感はなぜ生まれるのか

他人を巻き込まなければ克服できないほどの強い劣等感。
それは一体、なぜ生まれるのでしょうか?

 

劣等感は、多かれ少なかれ、誰の内面にもあるもの。
しかし、それが少ない人もいれば、極端に多い人もいます。
劣等感に支配されて、人を殺してしまう人もいるくらいですから…。

 

この劣等感について考える上で重要なのが、その人を取り囲む“環境”です。
特に、幼少期の人間関係ですね。
子供の頃から、一人の人間として
「肯定されている」「認めてもらえている」
…という“自己肯定感”を上手に感じられていた人は、
劣等感にさいなまれるということはほとんどありません。

 

一方、いつも叱られてばかりで、存在を否定されるような出来事が多かった人は、
自分で自分を認めてあげることができなくなってしまいます。
その結果、「どうせ自分なんて…」
という劣等感の呪縛に悩まされ、
挙句の果てには“いじめ”という形でその呪縛から逃れようとする…。

 

周囲の人たちが、その子の人間性をありのまま認めていたかどうか。
受け止めてあげられたかどうかが、
劣等感の強弱を大きく左右すると言っても過言ではないでしょう。

 

「自分を認めてもらえる」ことの安心感は、子供も大人も同じなんですよ。

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