いじめゼロを目指して

「攻撃性」というと、争いや戦いなどあまり
穏やかではないことをイメージする方が多いことでしょう。
実際、戦いの根底には「攻撃性」が潜んでいると言っても過言ではありません。

 

私たち人間もまた、動物の一種。
「食うか?食われるか?」
の競争社会に生きていることは事実です。

 

生きるためには食糧や水が必要ですし、
自分の遺伝子を残すためには子孫を作らなければなりません。
そのためには、丈夫な子供を産むための伴侶や環境が必要になります。
これらを獲得するためには、
時には奪い合いを強いられるシーンも出てくるでしょう。

 

実際、東日本大震災の時には、水や食料の買い占めが問題になりました。
あれこそ、「他の人がどうなっても、自分とその家族の命は守りたい」という
生への強い意志の表れと言っても過言ではありません。

 

また、一人の異性を複数の人間が奪い合うということもありますよね。
これは、少しでも容姿や能力の優れた子孫を残したいという
本能の表れとも言えます。
「負けたくない」「渡したくない」という気持ちの底にある攻撃性は、
人間の行動を駆動する上で必要不可欠なものなのです。

 

では、いじめはどうでしょうか?
いじめもまた、ある意味では「攻撃性」の表れとも言えるでしょう。

攻撃性はホルモンによって支配されている?

いじめとはちょっと違いますが、
暴力をふるいやすい傾向にある男性は、そうでない人と比べると
血液中の男性ホルモン(テストテロン)濃度が高いという研究報告があります。

 

しかも、世界的な統計では、殺人者の年齢分布が最も多いのは、
男性ホルモンの分泌が最高の思春期の時期であるという結果も…。

 

この結果だけを見ると、人を傷つけたいという衝動や攻撃性は
男性ホルモンの働きによって支配されている可能性があるように考えられます。

 

実際、この時期はオスとしての繁殖力も高まる時期。
自分の遺伝子を残そうという本能に基づき、
自ずと攻撃性も高まると考えても不思議ではない年齢です。

 

男性ホルモンによって攻撃性を高め、他の雄と争い、
勝つことによって高い社会的地位を確保しようとするのでしょう。
その手段として、暴力的ないじめに走るケースも十分に考えられます。

 

一方、メスのほうはどうかというと、
オスとはちょっと事情が違っているようです。

 

メスの場合は、仮に高い社会的地位や
優秀なオスとの繁殖機会を獲得したとしても、
そこから長い間、妊娠と子育てに追われることになります。

 

ですから、地位よりも、安定した食料供給や健康のほうが大事なのです。
無駄に戦って負傷したり命を落としたりするリスクは避けようとするわけです。

 

ゆえに、本来は、オスに比べると攻撃性の弱い生き物と言えます。
(そのため、いじめの中身も、暴力的なものよりも
言葉や態度に頼ったものになりやすいのかもしれませんね)

 

「男女平等」が当たり前となり、
「女性管理職を増やそう」という運動も盛んな昨今ですが、
生物学的な観点から言うと、女性が攻撃性むき出しで仕事をするというのは
生き物としてはけっこう無理をしている状態と考えたほうが良いでしょう。

「いじめは本能的行いではない」ことを証明する研究

攻撃性は、生き物であるが故の「本能」のようなもの…と説明してきましたが、
いじめを考える上では、
本能とは別にして考えたほうが良いのかもしれません。

 

…というのも、
「いじめは単なる攻撃性によるものではない」
ということを証明している実験報告があるからです。

 

それは、スタンフォード大学のSapolsky教授らによる研究報告。
対象は、サバンナに住むバブーンという動物です。

 

彼らは、普段は力関係によって階層化された社会を築いて生活しています。
バブーンは
「自分より低い立場にある者を脅し傷つけることで自分の地位を示す」
という特徴を持つ動物。
一種の、「いじめ」行為が横行している社会なのです。

 

しかし、ある時、攻撃性の高い・階層が上のオスたちが
観光客のサファリロッジのゴミから結核に感染し、
ほぼ全滅するという事件が起こります。

 

するとどうなるか?
群れには、攻撃性の低い・階層の低いオスしか残りませんよね?

 

「でも、その中で一番攻撃性の強いオスがリーダーになって、
またいじめが始まるんじゃないの?」

 

…普通はそう考えますよね。

 

しかし、実際は、いじめはなくなったんだそうです。
群れ全体の雰囲気が一掃されて、以前のような「嫌がらせ行為」もなくなり、
しかも、驚くべきことにそのシステムがそのまま定着したというんです。

 

この結果から言えることは、
「いじめは本能によるものではない」ということ。
あくまでも社会的地位や優位性を示すための行為であって、
その必要がなければいじめは起こらない可能性が高いのです。

 

実際のところ、学校の立場が変わると(立ち位置を意識し始めると)
攻撃性が表れやすくなる傾向があることも指摘されています。

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