いじめゼロを目指して

大人になっても傷つく

筆者は子供の頃、思っていました。
「大人になれば狭い・ちっぽけな人間関係で悩むことなんてもうないんだろう」と。

 

人間関係がどうしても我慢できなければ転職してしまえば良いわけだし、
会社は学校の教室と違ってドライだから、無理に他人に合わせる必要もないのだろうと。
それに、「大人は子供みたいには傷つかないのだろう」
…という妙な思い込みもありました。

 

でも、実際は、いくつになっても人間関係の悩みはついて回りますよね。
大人の世界にも面倒な人間関係のいざこざは存在していますし、
いじめだってあります。
傷つく時には、「もう再起不能かも…」と思えるほど徹底的に傷つきます。

 

しかも、親の保護下にあった子供時代とは違って、
ご飯を食べていくためには働かなければなりません。
「人間関係が苦痛だから」という理由で会社を辞めてしまえば、
精神的には解放されたとしても、たちまち生活していけなくなってしまいます。

 

それでも、いじめに遭っている子供たちは、いえ、
きっと、いじめ行為を行っている加害者たちも、
大人になれば手に入れられるかもしれない“自由”に憧れを抱くでしょう。

 

そこにあるのは、“ここではないどこか”への希望、憧れ、渇望…。
思春期に色んな感情をきちんと通りぬけてきた大人なら、
そんな感情を全てひっくるめて受け入れてくれるはずです。

“空見(ソラミ)”のススメ

もしもあなたが、今、いじめの被害に遭っているのであれば、
辛い時には空を見ることをおススメします。
sora

 

「空に吸われし15の心」
という石川啄木の有名なフレーズがありますが、
実際、澄み切った青空をじっと眺めていると、
心も体もまるごとす〜っと空へ吸い込まれていくような感覚を覚えることがあります。

 

その青い空の向こうには、私たち人類には解明しつくせないほど
広く、深い宇宙の闇が広がっています。

 

そして、自分自身も、憎たらしいいじめッ子も、
結局はその闇の中の一部分にしか過ぎないという事実。
相手がどんなに居丈高にふるまっていても、
所詮は宇宙全体の中では豆粒程度にもならないちっぽけな存在。
いじめられてみじめな気分を味わっている自分と、大差ない存在なのです。

 

そう思うと、いじめられている自分をみじめに感じたり、
相手を怖がったりすること自体がひどくばかばかしいことのように思えてきませんか?

 

いじめられた時、いじめが辛くて自殺を考えてしまいそうになった時、
ちょっと一息ついて、空を見上げてみてください。
あなたが求めている答えは、きっとそこにあるハズです。

 

“ここではないどこか”へ

ここではないどこかへ憧れる気持ち、筆者もよ〜く分かります。
…というより、筆者の30数年の人生は常に、
“ここではないどこか”を求めてさまよい歩く日々だったからです(笑)。

 

でも、いまだに私は、今いる“ここ”が求めている“どこか”ではない気がしています。
つまり、“ここではないどこか”って、なかなか見つからないものなんです。

 

いじめ被害に遭って死にたいほど辛い時、
家庭内の問題に翻弄されて自分自身を見失った時、
「ここではないどこかへ行きたい」と渇望するでしょう。

 

しかし、結局、今“ここ”で起こっている問題を解決しない限り、
どこまで行っても“どこか”へは辿りつけません。
行けども行けども、同じ問題が形を変えて追ってくるだけ。

 

本気で“ここではないどこか”へ行き着こうと思うのならば、
まずは心の足腰を鍛えることです。

 

いじめられている今は、確かに辛いでしょう。
しかし、今あなたを苦しめている“心の負荷”で、
あなたの心の足腰は確実に鍛えられていくハズ。

 

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