いじめゼロを目指して

隠ぺいされた「葬式ごっこ」

2012年に世間を騒がせた事件といえば、やはり大津の中2男子いじめ事件。
捜査が進むにつれて次々と驚きの事実が明らかになったわけですが、
中でもショッキングだったのは、
学校で「葬式ごっこ」が行われていたこと。
そして、その事実を学校側が隠していたことです。

 

学校では、被害生徒の死後に
全校生徒を対象にアンケートを2回実施しましたが、
県警の捜査関係者によると、
市の教育委員会側はこの結果を隠ぺいしていたのだとか。
教育委員会側の対応に不信感を持った警察は、
異例の強制捜査に踏み切ったのです。

 

当初、教育委員会側は、
アンケートが2回実施されていたことも隠していたのだとか。
というのも、その中に
「葬式ごっこ」が行われていたという記述があったからです。
また、「(被害生徒が)先生に泣きながらいじめを訴えていた」
との記述があったことも…。

 

結局、教育長がいじめの事実を認めたのは、強制捜査の後。
「葬式ごっこ」の事実を隠していたのは、彼らの中に、
「その行為はあきらかな“いじめ”だ」
という確信があったからと言わざるを得ません。

 

自殺を未然に防げなかったことのみならず、
その後の対応もそんな調子では…。

 

亡くなった男子生徒の魂も浮かばれませんよ。

中野・富士見中学いじめ自殺事件

「葬式ごっこ」といういじめは、今に始まったことではありません。
実は、過去にも、この「葬式ごっこ」を苦に被害者が自殺をするという
痛ましいいじめ事件が起こっているんです。

 

それは、1986年2月1日のこと。
岩手県の盛岡駅ビルのショッピングセンター「フェザン」のB1トイレ内で、
東京中野の富士見中学2年の鹿川裕史君(13歳)が
首を吊っているのが発見されました。
遺書によって、彼がいじめを受けていたことが明らかとなったのです。

 

しかも、被害者に対して行われていた「葬式ごっこ」といういじめには
なんと教師も参加していたことが分かり、
メディアでも大々的に取り上げられました。

 

大人しく、小柄だった被害者は、当初はいわゆる「パシリ」だったそう。
プロレスごっこの投げられ役を押し付けられるなど、
「まるでサンドバッグの状態だった」
と証言する生徒もおり、
被害者がいじめられていることは誰の目にも明らかったようです。

 

問題の「葬式ごっこ」は、11月14日と15日に行われました。
被害者は「死んだ」という設定にされ、
色紙を書いたり、教室で花や線香をあげたり…。
遺影と見立てた被害者の写真に、花までたむけられるという始末。
しかも、その色紙には、教師までもがコメントを書いていたというのです。
(担任のみならず、4人もの教師が!)

 

教師たちは、生徒に「ドッキリだから」と言って
頼まれて署名したと証言したそうですが…

 

どう考えても、認識が甘すぎですよね。
生きている人を「死んだことにする」という設定を、
一種の「ブラックジョーク」として流してしまえる神経。

 

みなさんは、どう思いますか?

事件の“その後”

中野・富士見中学いじめ自殺事件では、
事件から2ヶ月に、担任のF教諭が免職。
さらに校長と教頭、葬式ごっこに参加した4人の教師らは
減給処分を受けています。

 

この教師たち、
「単なるいじめだと思っていた」
と話していたらしいです。
単なるいじめ…って…。

 

彼らには、それが子供の命に関わる事件につながるかもしれない
という危機感は、全くなかったのでしょうか。
だとしたら、教師になるための資質って一体何なのでしょう。

 

さらに被害者の両親は、東京都と区、いじめ加害者2人の両親を相手に
2200万円の損害賠償請求を起こし、
これに対して東京地裁は、
加害者2名に「保護観察処分」を言い渡しています。

 

実はこの事件には続きがあり、驚くべきことに東京地裁は、1991年3月27日に
いじめと自殺の因果関係、予見可能性を認めず、いじめの存在そのものを否定!

 

「これらはむしろ悪ふざけ、いたずら、偶発的なけんか、
あるいは仲間内での暗黙の了解事項違反に対する筋をとおすための行動
又はそれに近いものであったとみる方がより適切であって、
そこには集団による継続的、執拗、陰湿かつ残酷ないじめという色彩は
ほとんどなかった」

 

…という結論を出しているんです。
(こういう展開があるから、裁判って怖いですね 汗)

 

さすがに、この結果は1994年5月20日に覆されました。(当然ですよね…)

 

「通常人であれば屈辱感など心理的苦痛を感じないことはあり得ない」

 

と、いじめの事実と被告の責任を認め、
都と区、同級生2人の4者に1150万円の支払いを命じています。

 

この事件から30年近く経っても、
同じようないじめ事件が繰り返されているということからも、
“いじめ”の根の深さ、問題解決の難しさを痛感させられますよね。

 

 

東京出版 「葬式ごっこ」 朝日新聞社会部
風雅書房 「『葬式ごっこ』 八年後の証言」 豊田充・著 五味彬・撮影

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