いじめゼロを目指して

そもそも母親の役割ってどんなこと?

10ヶ月間も、いわば“一心同体”の状態で過ごし、
出産した後も子供にとって一番身近なところにいてくれる存在。
それが、母親です。

 

「子は親の後姿を見て育つ」とはよく言われますが、
子供は母親の言動をよく見ていますし、
母親の価値観を怖いほどよく継承してしまいます。

 

「育児は育自」と言われるほど、子育ては否応なしに母親自身に
「自分と向き合うこと」を強く迫ることでもあります。

 

そもそも子どもは、母親を無条件で信頼するもの。
生まれる前から一緒にいて、生まれてからもミルクを与えてくれる人なのですが、
これはもう、人間が持ってうまれた“本能”です。

 

統計によれば、母親とは、子供にとって
「つらいことがあった時は、優しく包み込んでくれる」
存在なのだとか。

 

対する父親は、「“イザ”というときのリーダー。家族を守る」存在。
両方の親がいる家庭では、
この役割分担が自然にできている状態がベストです。

 

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…とはいえ、常に頼られっぱなしの母親は、
精神的にも物理的にもプレッシャーが大きいですよね。
特に、いじめ問題が発生した場合には、
父親よりも先にその問題に直面する可能性が高いわけですから、
「そういう場合にどう対処したら良いんだろう」
…と思い悩む母親も多いわけです。
(いじめ加害者・被害者問わず)

 

何に主眼を置いて子育てをするか

いじめによる自殺事件が相次ぐなか、
いじめ問題と子育ての在り方について議論される場も増えてきているようです。

 

そんな中、度々耳にするのが、
「“何を主眼に子育てをするか”がいじめ問題に直結する」
…という考え方です。

 

母親は、一体、なんのために子育てをするのでしょう?
どういうことを最終的な目標としてしつけをすれば良いのでしょう?

 

最近、注目されている考え方は、
「自立して生きていく人間にするために子育てをするのだ」
という視点。
どんなにかわいい子供でも、
いつかは親の元から旅立っていかなければなりません。
かわいいからといって、一生、自分の手元に置いておくことはできませんよね。

 

それなら、やはり必要なのは、「自らの生きていく力を身につけさせること」。
逆に言えば、
母親である自分自身も子供から自立していかなければなりません。

 

そのためには、お互いを尊重し合う関係が大切。
子供ができないことがあれば、安易に手を出さず、
できるようになるまで見守るという視点も必要になってくるでしょう。

 

いじめ問題が発生した場合でも然りで、
子供が望んでいないのに安易に子供の人間関係に立ち入って
あれこれとお節介を焼くのはおススメしません。

 

大切なのは、子供がその問題をどう解決するのか、
子供がどうしたいのか、そのためにどうすべきなのか。
いつでも手を指し伸ばせる距離から見守ることです。

 

たとえいじめ問題であっても、
なんでもかんでも最初から母親が100%介入するのではなく、
ジッとこらえて状況を見守る勇気・忍耐力も必要なのです。

いじめがあった場合の対処法

「子供の自立を“見守る”という視点も大切」という話と関連しますが、
いじめの被害者になりやすい子供には、
母親が過干渉しているケースが多くみられるそうです。
つまり、いじめのような困難な問題に直面したとき、
それを自分の力で振り払ってなんとか前へ進もうとする強さが
決定的に欠けているのです。

 

…と言っても、なにも、「いじめは見て見ぬフリをしたほうが良い」とか
「いじめられているのを見ても放っておけば良い」ということではありません。

 

なぜ自分がいじめのターゲットになっているのか、
相手(加害者)にはどんな思いがあるのか、
一緒に考えるのです。

 

この時、子供の前で一方的にいじめっこを責めてしまうのはゼッタイにNG!
子供に「被害者意識」を植え付けて、卑屈な感情を生み出してしまいます。
(状況が変われば、今度は自分の子供が加害者になる可能性も高くなります)

 

もちろん、命に関わるような暴力行為を受けていたり、
本人が体調を崩すほど思い詰めてしまっている時は
なにはともあれ学校側に相談して協力を仰ぐことが大切ですが、
そうでないのであれば、まずは子供とゆっくり話をする時間を設けて、
現状把握と「自分(子供)はどうしたいのか」に耳を傾けるべきです。

 

いじめのようなトラブルが起きた時の母親の役割は、
自分の考えを押し付けることでは決してなく、
「自然にその子のなかから考えを引きだすこと」

 

そういう気持ちで、ゆったりと子どもと向かい合ってみましょう。

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