いじめゼロを目指して

学校側の対応に憤り

いじめられた過去を持つ人の話を聞くと、
「学校側の対応に対して憤りを感じている」
…という答えが予想以上に多いことに気付きます。

 

例えば、悩んで悩んで、悩み抜いた末に担任教師に相談したというAさんの例。
担任は、すぐさま問題の加害者生徒を呼び出し、口頭で注意したそうです。

 

すると、それを根に持った加害者生徒は、翌日からAさんに対するいじめを強化。
「このままでは殺されてしまうのでは」と危機感を抱くほどの暴行を受けたそうです。
学校は当てにならないと見切りをつけたAさんは、警察に相談したのだとか。

 

そこでようやく事態の深刻さに気付いた学校側は、Aさんに対して、
「君のことは学校側が責任を持って守るからね」と言ってきたのだそうです。

 

「なにをいまさら!」
Aさんは、いじめ加害者というよりは、学校側の初期対応の甘さや
いじめ問題に対する意識の低さに憤りを覚えたのだといいます。

 

いじめ被害者にとっては、いじめの被害に遭っているということ自体が屈辱的。
教師側から見ればただやられっぱなしのように見えても、
被害者にだってプライドがあります。

 

「守ってやる」という発言は、こうした被害者のプライドを完全に無視したもの。
「自分は弱いと思われている」「自分は馬鹿にされている」
と、余計に被害者のプライドを傷つけてしまいます。
被害者が憤るのも無理はありません。

 

生徒たちがある程度の年齢になっている場合、いじめ問題に対しては、
教師側は「一緒に解決しよう」というスタンスで臨むのが理想的。

 

一方的に「守ってやる」「解決してやる」という態度は、
被害者の心の傷をいっそう深くえぐってしまうだけです。

息をひそめるようにして過ごした学校生活

「目立っていたからいじめられた」と証言するいじめ被害者も少なくありません。

 

例えば、人よりも勉強ができて成績が良かったとか、
運動がずば抜けて得意だったとか。

 

これは人間の悲しい性ですが、私たちは、
自分よりも優れている人や、自分よりも幸せな人を見ると、
「悔しい」「なんであの人ばっかり」と嫉妬してしまうところがあります。

 

「じゃあ、自分も負けないように頑張ろう」
…とプラスの方向に昇華できれば健全なのですが、
残念ながらそんな風には考えられない人のほうが多いんですよね。

 

「アイツ、いい気になってる」と根拠もない憤りを覚え、
一方的に相手を恨んだり、相手の脚を引っ張るような行動に出たり…。

 

そうした歪んだ憤りが、“いじめ”という形で表れることは少なくありません。
そのため、いじめ被害者の中には、

 

「目立たないように、わざとテストで間違った答えを書いて点数を低くしたことがある」
「目立たないように、部活も辞めてしまった」

 

…と、自らの青春を棒に振ってしまった人も少なくないのです。

 

こうした経験は、社会に出てからも跡を引くものです。就職してからも、
「仕事で目立ったら、また嫌がらせをされるかもしれない」
…と脅えるあまり営業成績を伸ばせなかったり、
仕事に対して前向きになれなかったり。

 

人一倍能力があるのに、それを100%発揮できない人生を送る被害者もいるのです。

 

不登校に陥るケースも少なくない

文部科学省の2011年度の調査によれば、不登校に陥っている児童や生徒は
小学校と中学校を合わせて711,458人にも上るのだそうです。

 

そのうち、いじめが原因で不登校になったのは2,370人
小学校:22,622人 (うち、いじめが原因は359人)
中学校:94,836人 (うち、いじめが原因は2,011人)
この数字を、「少ない」と捉えるか「多い」と捉えるかは人それぞれですが…。

 

そうは言っても、いじめによって心身に何らかの傷を受け、
加害者、学校側、あるいは社会に対して感じている憤りのやり場もなく
自宅に引きこもってしまう子供が2,000人以上もいるのです。

 

復帰には、自宅に引きこもった年月の倍の時間がかかるとも言われますので、
当然、社会に出るタイミングも大幅に遅れてしまう可能性が高いわけです。

 

もしかしたら、その中には、
ノーベル賞を受賞できるような頭脳の持ち主がいたかもしれませんし、
オリンピックで活躍できるような選手もいたかもしれません。

 

極端な例かもしれませんが、
いじめはその社会全体のチャンスを奪う行為でもあるわけです。

 

私たちは、“いじめ”という行為に対して、
もっと憤りを露わにしても良いのではないでしょうか。

 

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