いじめゼロを目指して

スケープゴートとは?

「スケープゴート」という言葉をご存知でしょうか?
これは、心理学用語の一つ。
ある集団が抱えている問題が、その集団内の“個人”に押しつけられ、
その個人がいわば身代わり・犠牲・いけにえになることによって
結果としてその問題の根本的な解決を先延ばしにすることです。

 

いじめは、このスケープゴートの最たる例の一つとして挙げられます。
学校や学級、特定のグループが抱えている問題を、
いじめ被害者を犠牲にすることによって一時的に先送りにしているのです。

 

ですから、本来、いじめ問題解決の本質というのは、
その集団が抱えている問題を抽出して
そちらを優先的に解決していくことにあります。

 

ちなみに、スケープゴートの起源は、ヘブライ聖書まで遡ります。
古代ユダヤでは、年に1度、「贖罪のヤギ」という儀式があるのです。
これは、イスラエルの人々の罪をヤギの頭に乗せて
悪魔のいる荒野に放り出すというもの。
要するに、ヤギを生贄にして人々の罪をなかったことにするわけです。

 

これが転じて、「不満や怒りの解決のために捧げられた身代り」
といった意味で使われるようになったんですね。

いじめとスケープゴートの関係

いじめのターゲットになりやすい子供というのは、
なにかしら他の子供と“違うところ”があるものです。

 

例えば、転校生で方言がある、帰国子女で日本語が上手ではない、
動作がトロい、勉強ができる/できない、美人/ブス、スポーツが得意/不得意。
優劣を問わず、とにかく“違う”ことがいじめの対象になるわけです。

 

こうした“異質な”存在は、その集団の
“無秩序さ”=乱雑さ具合のようなものを増大させます。
すると、もともとその集団に属していた人の中には、
それを“良くないもの”、
集団の秩序を保つために“排除すべきもの”として意識するようになります。
自分たちとは異質の人間が、同じ空間に存在するということが許せないのです。

 

その結果、発生するのが“いじめ”。
問題は、個性を認められない、受け入れられないその“集団”にあるのに、
いじめターゲットをスケープゴートにすることで、
その問題の本質を解決することから逃げているのです。

的ハズレのいじめ対策

スケープゴートといじめの関係について考えると分かるように、
いじめを“個人的な心理現象”に限定して解決しようとするのは無理があります。

 

なぜなら、いじめは、あくまでも社会的現象だから。
思いやりの心が育まれたからといって簡単に解決するようなものでもありません。

 

しかも、「いじめ問題を解決しよう」「いじめをなくそう」と
躍起になっている学校の在り方自体が、
スケープゴートを作り出している可能性もあります。

 

というのも、その根本には
「いじめは“穢れ”である」
「穢れは清めなければならない」
いう思い込みがあるから。
いじめ問題そのものをスケープゴートにして、
学校そのものが抱えている別の問題解決を後回しにしている
…そんなケースも考えられます。

 

そもそも、いじめ対策を推進している学校の職員室や、
官公庁の組織の中でさえ“いじめ”があるわけですから、
そんな大人たちがどんなに「いじめをなくそう」と声高に叫んだとしても
それが生徒の心に届かないのは当然とも言えるでしょう。

 

教室でも職員室でも官公庁でも。
“組織”ゆえの不自由さがあるのは共通していますよね。

 

組織重視の社会構造が限界を迎えている今、
「どのように個性を出していくか」
「組織から自立して生きる勇気を持つには?」
これからは、大人たちがどんどん見本を見せるべき時代です。

 

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